優秀賞 私の個人主義」
三好紗貴(11063233・掛下達郎ゼミ・三瓶高等学校) 

これは、夏目漱石の講演を集めた本である。本書は五つの講演が収録されているが、その中でも私が最も気に入り、本書の題でもある「私の個人主義」を紹介しよう。

夏目漱石。彼は旧千円札にもなっていた人物で、知らない人の方が少ないくらい有名である。だから、私の中では立派で、真面目で、堅苦しそうという三点セットがイメージされていた。でも、実際のところちょっと違っていたみたいだ。

この講演の冒頭には、彼がここで講演することになった経緯が語られていた。学習院という上流の学校からの講演依頼に、ひとまず断り、次回には必ずという条件付きで返答した。次回までには十分時間があり、彼もそれまでには何か良い話が出来るだろうと思っていた。しかし彼は、「そんな事を考えるのが面倒で堪えられなくなりました。」と述べている。私の三点セットのイメージは崩れた。この人、なかなか面白い。でも、これで驚くのはまだ早い。講演が二・三日前と迫り、何か考えなくてはと思いながら絵を描いて過ごしてしまったようだ。これには傑作だった。でも、正直に述べている漱石は、憎めるどころか、最初のイメージより良くなっていた。この人も、私たちと同じ人間なんだと親近感がわいた。しかし、当日の朝考えたため準備不足で、「ご満足の行くようなお話は出来かねますから。」と彼は言っているが、この講演は見事である。とても朝考えたようには思えない。学習院の生徒たちに、人生の教訓について語った。ここの生徒たちは、社会的地位の良い人、つまり上流社会の子弟ばかりが集まっているのだ。だから、世間に出れば一般人よりも権力が使える。また、権力に次ぐものは金力。これも、一般人よりも多く持っているはずに違いない。この二つの力は、非常に危険なものだと彼は言う。そこで彼は生徒たちに、三か条の教えを説いた。具体的な例を挙げてみてみよう。

ある兄弟で、弟は読書好きで、部屋に閉じこもり没頭していた、一方兄は、釣り好きで弟とは正反対であった。兄は、そんな弟が気に入らず、釣りをさせようと弟を無理矢理連れ出した。兄は、弟も釣りが好きになったと自己満足していた。しかし、弟はそれが嫌で、ますます釣りに対して反抗心を抱くようになったという。兄の個性と弟の個性は全く違う。兄は権力を使い、弟を威圧したことになる。そのことから、漱石は「第一に自己の発展を仕遂げようと思うならば、同時に他人の個性も尊重しなければならないという事。」と言った。兄弟間でも権力は使えるのだと思った。私は三人兄弟の末っ子だから、威圧する事はなくても、二人の兄から威圧されていた事はあったように思う。何気ない日常の中で、兄や姉や親という権力を使って家族を威圧した経験は誰にでもあるように感じた。

また別の例では、教師は権利と義務を持っている。だから、時には秩序を保つために与えられた権利で生徒を叱る事もある。しかし、叱りっ放しだと義務は果たされていない。なぜそれがいけなかったのか、教える義務があるのだから。「第二に自己の所有している権力を使用しようと思うならば、それに附随している義務というものを心得なければならないという事。」私も、沢山怒られた経験があるがその都度どうしていけないのか教えてもらっていた。今思えば、みんな私のことを思って叱ってくれていたのだと気付いた。

最後の三つ目は金力。金は、家や本やどんな形にも変えることが出来る。そのうち、人間の心を買う手段に使用することも出来るのだから、これは恐ろしい。金は、人間の心を買占め、その人の魂を堕落させる道具にもなる。だから「第三に自己の金力を示そうと願うなら、それに伴う責任を重んじなければならないという事。」この三か条には感動した。と同時に、朝考えたにも関わらずこんな素晴しい講演をすることが出来た事に驚いた。やはり漱石はただ者ではない。

そして、本書の題にもなっている個人主義とは、他人に害を与えない程度の個人の自由を意味するのだと言う。だから自分の自由を認めてもらう変わりに、他人の自由を認めなくてはならない。漱石が新聞社に勤めていた時、誰かがある人物の悪口を書いた。でもそれは、ただの批判に過ぎなかった。しかしある所から苦情が殺到。取り消しを申し込んできた。ところが、この苦情の連中らも前から漱石の悪口を書いていたという。これでは個人主義は成り立たない。漱石は相手の批判を認めたが、連中は認めなかったのだ。

このように自分の経験した事を元にして語られたこの話は、非常に興味が持てる。他にも四つの話があるので、ぜひ読んでもらいたい。この本で、漱石のいろんな部分もみえてくるのではないだろうか。

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