最優秀賞 「地下室の手記」
木戸おりえ(11061001・久保進ゼミ・松山商業高等学校) 

 ついさっき、私はこの本「地下室の手記」を読み終えた。そしてこの興奮を、友人であるきみに伝えるため、ここにつたない書評として書き残そうと思う。

 まず、この地下室の手記を書いた住人について話しておこうか。住人は現在40歳。以前は役所に勤めていたけど、今は無職。まぁそれはさておき、もっと彼の精神的な部分に焦点を当てよう。彼の自慢でもあり、嫌われ者の彼が、唯一周りから認められているもの、それが彼の知識と考えの広さ。彼の思想はとにかく広い! そして何より、闇みたいに暗い。

 そんな知識人である住人の、語り部によって繰り広げられる本書は、哲学的でかなり堅苦しい印象を受ける。内容を5部に分けて、これから話を進めていこう。

 まず第1部だけど、ここが読者にとっては強敵! 軽い気持ちで読み始めると本当に痛い目にあうよ。だって住人は、私たちには全く理解のできない専門的な用語をふんだんに使って、自身の堅苦しい思想や哲学話を、えんえんと話してくるのだから! 片手に辞書は本当に必需品。その一方で「諸君の考えはどうだろう?」なんて、ファンサービスもかかさない。しかも私たち読者の意見までも自ら代弁してくれる。そうそうその通り! と思わず頷くはず。住人は更に、その代弁した意見に返答までしてくれんだ。まぁ、ここでの彼の話は本当に難しいから、あまり深く考えすぎないほうがいいかも。軽く流すのが1番。

 次に第2部、第3部と住人の回想シーンが続いていくんだけれど、その中で住人はその人間嫌いな性格から、人間関係が上手くいかず、いつも相手に対して憎しみを抱いている。そして初対面の相手に復讐をしたり、悪友達に長年の恨みを晴らそうとするんだ。入念な計画と準備の下での、自己満足的な復讐は成功。だけど、悪友達へは感情だけで突き進んでしまい、見事に失敗。住人は返り討ちをくらってしまう。この第2部、第3部で、住人のひねくれた性格に、少々嫌気がさすかもしれない。だけど、同時に共感も覚えると思うよ。だって君にも光と影があるはず。住人は、光より影の方が多いだけなんだ。それに、汚名返上の為、なんとしてでも相手を負かそうと奮闘する姿は、ある意味人間らしいんじゃないかな。

 だけど第4部で、親の借金返済の為に働く娼婦、リーザと出会い、住人の心境に大きな変化が現れる。なんと住人は彼女に、人を愛する事や家庭の素晴らしさを訴えて、仕事を辞めるよう説得するんだ! あの人間嫌いな住人が愛を説いた。紳士を気取りながらだったけど、でも実はそれが住人の本心であり願望でもあったんだよ。愛に飢えていた彼は、自分と似ている彼女に説得することで、自分自身を慰めてもいたんだ。それで彼女も閉じきっていた心を開く。住人は一目見たときから、実はリーザに恋していたんだよ。

 でも、彼は最悪な形で彼女と再会してしまう。彼はいつかの紳士とはまるで別人だし、それにもう何もかも手後れ。必死に驚きを隠そうとするリーザを見て、彼は恥ずかしさで気が動転してしまうんだ。思わず全ての怒りを彼女にぶつけちゃう。以前は彼女を救っておきながら、今度はその手で突き落とした! さらに、自分の汚い部分も全部さらけ出してしまったんだ。それなのに彼女は彼に抱き付くと、そんな彼のために泣いてくれた。それで、ひねくれあがっていた彼も彼女に心を開くんだ、初めて、他人にね。後はもう糸が切れたみたいに大泣き! そりゃあそうさ、何十年も溜めてたんだから。それから彼女に言うんだ。「ぼくはならしてもらえないんだよ…ぼくにはなれないんだよ…善良な人間には!」私には衝撃的な言葉だったよ。だってこれが彼の本当の姿だから。彼も自分の性格を憎んでた。変わりたかったんだ。でも一回ついた印象はなかなか拭えない。もう周りがレッテルを貼っちゃうから、その他人が作った自分に縛られちゃう。本当はそこから抜け出したかったんだね、うんうん。

 でもその後、彼女は出ていってしまった。住人は悩みながらも彼女を追いかけるんだ。彼も普通の人間になってた。でも彼女はもういない。そのうち、住人はなんで追いかけてるのかわからなくなってきて、「この、安っぽい幸福と高められた苦悩と、どっちがいいか?」なんて思い始めてしまう。さて住人は、どっちを選んだんだと思う? それは実際にこの本を読んで、答えを知ってほしいな。

 最後まで読んで振り返ってみると、第1部での彼の思想も少しは理解できる気がする。影を背負った住人の苦悩と愛。それを理解してあげる事で、自分自身の影を見つめ直せるかもしれない。人生のきっかけとして、是非きみに読んでもらいたい一冊である。) 

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