最優秀賞 「〈じぶん〉を愛するということ−私探しと自己愛」
河村幸恵 (031114・清野良榮ゼミ・防府西高等学校)

「私探し」という言葉の根底にあるものは、自分への限りない関心から来ている。それは、自分探しの迷路へ迷い込む、と言っていいかもしれない。本書は、大昔には存在しなかった「私探し」という言葉が、現代に忽然と出現し、そして人々はなぜその言葉に惹かれたのか。精神科医の著者と共に、「私探し」について改めて考える話である。

そのことには「こころの歴史」を振り返る必要がある。まず、「私探し」のヒントとして、新しい心の病を紹介している。多重人格、ストーカー、アダルト・チルドレンなど様々あるのだが、なぜこれらの病が関係あるのか。私は正直思った。しかし、実は「私探し」の大きな鍵だったことに、私が驚くのはもう少し後の話。それはさておき、心の病の患者が指し示していることは、「賞賛は無理でも、せめて特別な存在でいたい」という願望から、来ていることだ。短い話、もう一人の私を求めているのである。今の私は本当の姿ではなく、何かきっかけがあれば、本当の私に出会えるのではないか。その考えが、「私探し」の始まりなのだ。例えば、心の病に当てはめると、多重人格になれば、今の自分よりはステキになれるのでは……そんな願望があるのではないか、というのが著者の意見。つまり、心の病は、もう一人の私を求める「私探し」に、関係した現象だったのだ。

整理しておくと、「私探し」は〈ステキな私願望〉という、自己愛から来ている。しかし、それは良いことだろうか。著者は未熟な自己愛ではないか、と問う。〈ステキな私願望〉が未熟かどうか、はっきりと見極めなければ、弊害を生む可能性がある。弊害と言うのは、心の病のことだ。本書の中に、こんな場面がある。精神科医のもとへ訪れた患者に、「あなたはこんな病ですよ」と診断した。すると患者は、自分はある病と診断されることによって、ほっとしたと言う。それはどういうことか。自分が何者か分からないと嘆いている時、自分を規定してもらう(病を診断される)ことにより、自分自身の存在を発見するのである。そしてもっと困ることは、自分は特別だ、また人から注目されるという点から見れば、これが本当の私だったのだ、という自分なりの結論に達してしまうことだ。病気の私が、今の自分より超越した特別な人間とでも言おうか。これが未熟な自己愛だと、私は思う。「病名が私」というのは、最終解答ではない。ただの通過点ということが大切なのに、患者は気付いていない。なぜなら、病名が判明したこと自体を極端な話、「私探し」の答えとしてしまったからである。

話を進めていくと、そもそも「私探し」と考えた時に私達は、「誇大自己探し」をしていたのではないか、ということが重要となる。簡潔に述べられても、ピンとは来ないだろう。まず、誇大自己を説明すると、自己愛ベビー時代の私のことなのである。自己愛ベビーとは、赤ん坊が世界は私の為にあるんだと、まるで王様的存在になったかのような考え方のことだ。しかし、いつか自己愛ベビーを、卒業する。それが本当の私では、ないのだから。さて、誇大自己をうまく捨てられずに、大人になったらどうなるか、自ずと見えてくるだろう。今の私に強い自己否定を持ち、本当の私はもっと素晴らしいはずなんだという、理想を追い掛けて行く。つまり、ある理想の自己はどこかに用意され、発見することが「私探し」なんだと言うのだ。その答えに、違和感を感じないだろうか。いや、と言うよりもありえない。答えは既に用意され、発見さえすればいい、というのは宝探しである。今、私が探しているものは何か。実は、「誇大自己探し」をしているなら、立ち止まるべきなのだ。

大切なのは、超越した理想ではなく、ジャストサイズな等身大の自分を持つこと。しかし、残念なことに社会の変化などから、等身大の自分を作れず、誇大自己を引きずるのは、夢を持って生き抜く為の、現代人の生活の知恵だと本書は書いてある。では、どうするか。それは、今の私という存在を確かに認め、ベビーではない、現在の自分を愛することでは、ないだろうか。失敗や挫折の中から、それでもまだできることはある、と思える自分。時には、褒めることも必要だ。世界中で、今ここにしかいないたった一人の私。特別な存在になれなくても、私は私と考えれば、少しだけ気持ちが軽くなったりはしないだろうか。

結局、周りの人が大切に思ってくれる私を、ゆっくりと育てていければ、それは当たり前のことだけど、幸せなこと。そんな風に思えるのが、忙しい現代の自己愛だと私は思う。

本書の魅力は、一度は耳にした事件や有名人をうまく引用することと、難しい内容も丁寧に教えてくれるところだった。もしも、「私探し」をするのであれば、ステキな私を探すよりも、今日の私に「ゆるやかな愛」を、注いでみてはどうだろうか。

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